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焼き肉では牛ハラミが好きです!

2011
22
January

私は焼き肉では牛ハラミが好きで、必ず頼む。焼き肉の定番メニューであるカルビや牛タンも当然頼むが、牛ハラミの方が断然おいしいと思う。何というか歯ごたえがあって、肉を食べている感じがするのだ。そのハラミであるが、何と牛の横隔膜らしい。横隔膜と言えば、呼吸するときに使う器官である。つまり内臓に分類される。呼吸するたびに使われているから脂肪もそんなになく、引き締まっていておいしいのだろう。ハラミは普通のスーパーなどでは見られないが、カルビなみに人気になってスーパーで普通に売られるようになってもらいたいものだ。先日、我が家で焼肉パーティーをしました。メイン食材は牛ハラミです。肉はこれだけで、あとは野菜でした。なぜ牛ハラミだけだったかというと、よく行く肉屋さんが牛ハラミを安売りしていたから。それと、その前に食べたときとてもおいしくて争奪戦になったので、今回はたっぷり用意したというわけです。私がおいしいと思った理由はカルビやロースに比べて味が深いと感じたからです。少し独特な味もしますが、それがとても気に入りました。また食べたいと思います。
 アイドルグループ・NMB48の渡辺美優紀、福本愛菜、岸野里香が5日、京都・木津川市内で行われた、高校生による漫才コンテスト「イオン ハイスクールマンザイ2011」の京都予選にゲストとして登場した。
 デビュー曲「絶滅黒髪少女」が同大会のテーマソングとなっている縁での出演で、渡辺は「私も出たかったんですよ〜」とハイテンション。審査員として33組の漫才をチェックした後は「皆さん面白くて、私は普段スベってるなあ、もっとMCで笑いを取らなあかんなあと思いました」と笑顔で話した。

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 「巨泉×前武ゲバゲバ90分!」「夜のヒットス  タジオ」の司会で知られ、「マエタケ」の愛称で親しまれたタレントの前田武彦(まえだ・たけひこ)さんが5日午前11時16分、肺炎のため都内の病院で死去した。82歳。東京都出身。59回目の結婚記念日だった先月28日に、突然体調を崩し入院。同日夜から一度も目覚めることなく息を引き取った。通夜、葬儀・告別式は近親者のみで営まれ、後日、お別れの会が開かれる予定。

 前田さんはこの日午後5時42分、ストレッチャーに乗せられ無言で都内の自宅に戻った。午後6時すぎ、自宅前で会見した長男・塁(るい)さん(52)によると、先月28日、朝から体調不良を訴えて入院。検査で腸閉塞(へいそく)が見つかり、それによる脱水症状で腎臓、肺などの機能が低下。点滴などの治療を行ったが、昏睡(こんすい)状態に陥った。

 4日には血圧や心拍数などの数値が安定したものの、5日に容体が急変。塁さんの呼びかけに一度「あ、あ」と応えただけで、家族にみとられ息を引き取った。

 20年ほど前から糖尿病を患っていたが、所属事務所の関係者は「入院するまで、こちらが驚くほど元気だったのに」とぼう然と話した。

 入院した28日は59回目の結婚記念日。2歳年上の妻・嘉子さんは60回目を迎えるのをとても楽しみにしており、「お互いいちずに思い合っていただけに、相当ショックを受けている」(塁さん)という。塁さんは「父は海に行くのが好きで、ヨットや釣りでストレスを解消していた。よく一緒に連れて行ってもらった。家族思いで、いい意味で仕事人間ではなかった」と声を絞り出した。

 前田さんは立教大学中退後の53年、テレビ開局直後のNHKの「こどもの時間」の放送作家として“テレビマン人生”をスタート。61年に始まった日本テレビ「シャボン玉ホリデー」の脚本を手がけ、故青島幸男さんや永六輔氏(78)ら放送作家と親交を深めた。

 60年代後半からはタレント業に進出。68年スタートで芳村真理(76)とコンビを組んだフジテレビ「夜のヒットスタジオ」、コント55号が出演した「お昼のゴールデンショー」で初代司会。翌年スタートで大橋巨泉(77)と共演した日本テレビ「巨泉×前武ゲバゲバ90分!」では高視聴率を記録。痛快な毒舌で今日のバラエティー番組の基礎を築いた。日本テレビ「笑点」の司会にも抜てきされ、草創期のテレビ界で暴れ回った。

 一方、73年には生放送の「夜のヒットスタジオ」のエンディングで、参院選補選で当選した共産党候補者に向けて万歳のポーズ。電波を私物化しているとの批判を受け、同番組ばかりか、ほかの出演番組からも降板させられた。背景には戦時中の悲惨な体験があったと言われている。80年代中ごろに復帰した後は俳優業にも乗り出した。

 最後の仕事は先月16日、永氏がパーソナリティーを務めるTBS「土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界」へのゲスト出演。6日放送の同番組出演も決まっており、事務所関係者によると「とても楽しみにしていた」という。

 ◆前田武彦(まえだ・たけひこ)本名同じ。1929年(昭4)4月3日、東京都生まれ。太平洋戦争中に海軍予科練に1年半在籍。NHKの放送作家として「宇宙船シリカ」「はてな劇場」などの台本を手掛けた。フジ「ゴールデン洋画劇場」の初代解説者も務めた。その後、第一線から退くが、84年にTBS「朝のホットライン」にお天気キャスターとしてカムバック。映画「釣りバカ日誌」シリーズなどに出演した。

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